さて、イエスという人物は、2000年も前に出現したアラブ人である。ちなみに、パレスチナとアラブは民族が異なる。
パレスチナ人は、地中海沿岸を支配した、高文明民族であるが、イエスの出身民族であるユダヤ民族は、牧羊民族である。
この民族は、モーセがエジプト王女に拾われてエジプト王家の学問を学び、導いてからやっと民族らしい形態をなした、後発民族である。
その民族から現れたイエスが、後の世界に多大な影響を及ぼしたのは、特に、その名前によるものである。
彼は、大ぼら吹きであったが、その名を後世に知らしめたのは、彼の弟子たちによるものである。
彼の大ぼらをあげてみよう。
「人もしわが言葉を守るなら、彼いつまでも死を見ることなし」(ヨハネ8の51)
「わが名によって願うことは、すべてかなうべし」(ヨハネ14の13)
「わが名によって神に求む者は、すべて神それをかなうべし」(15の16)
「わが名によって求むべし。求めよ。さらば与えられん」(16の24)
「われすでに世に勝てり」(16の33)
これらのことを聞いて、ユダヤ人たちは彼を毛嫌いしてこう言った
「彼、悪霊に憑かれて狂うなり。汝らなぜ彼に聞くべし?」(10の20)
さて、イエスの弟子たちは、イエスの名によってイエスの大ぼらの正しいことを証明しようとした。
ペテロとヨハネは生まれつき足の利かない男がいるのを見て、次のように言った、
「我にあるものを汝にあたう。汝よ、ナザレ人、イエス・キリストの名によって歩け」(使徒3の6)
パウロ霊に向かいて曰く「イエス・キリストの名によりて命ず。女から出でよ」(16の18)
ところで、ユダヤ教の祭司たちは、イエスの名に興味を持って、自分たちも言ってみたようである。
「パウロの宣べ伝えるところの、イエスの名によって命ず。いずべし」(19の13)
ところが、霊どもは逆に「汝ら何者なるべし」(19の16)
と言って、祭司たちに傷を負わせ、裸にしたと言っている。
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